春子ごころ

内気な転勤妻はるこ、広島でカープの応援しながら子育て中です。

マエケンしか知らなかった主婦が、広島に住んでカープファンになるまでのこと

<

3年半前初めて広島に来た時、野球にはあまり興味がなく、カープの選手といえば、前田健太選手しか知りませんでした。

引っ越しの片付けも落ち着き、夕方テレビをを見ていると、毎日地方ニュースのトップで流れるのは前日のカープの試合。

それも長ーい時間をとって詳しく解説しています。

f:id:harukoyama:20171024113340j:image

 

優勝争いとか特別な試合でもないのにどうしてだろう?

野球はスポーツニュースのコーナーでやるものじゃないのかな?と不思議な気持ちで見ていました。

プロ野球は年配の男の人や野球少年だけが好んで見るものという感覚でした。

 

それが3年経った今は、選手名鑑を読み込み、1軍だけでなく2軍登録の選手も覚え、試合を最後まで見たいのでスカパーにも加入して、毎日選手たちのことを身近に感じながら応援しています。

 

そんな私の変化に、実家の両親や妹も首を傾げているのですが、自分でもいつから、どうしてこんなに好きになってしまったのかよくわからないのです。

 

幼稚園ママたちの会話がカープだった

 息子の幼稚園で出会ったママたち

「今週末カープ行くんよー」

(マツダスタジアムのカープ戦を見に行くということ)

「うちもー、席どこ?楽しみじゃねー、先発誰だったかねー?」

「昨日は、せっかく〇〇がいい球投げとったのに、点が入らんしかわいそうじゃったねー」

なんて楽しそうにお話ししてるんです。

夜の居酒屋じゃないです、昼間の幼稚園の園庭ですよ。

 

しかも会話のレベルが高くて

「ルーキーの〇〇はフォアボールを選べるから落ち着いてて良い」

「〇〇のフォームが少し変わった、去年三振が多かったからだね」

「左のピッチャー欲しいね」など

専門用語?がポンポン出てくるのです。

 

もうこれは、少し勉強して、話の意味くらいわかるようにならないと、広島での暮らしが楽しめないんじゃないかと心配になりました。

それから意識して見るようにしたのですが、正直1年目はほとんど頭に入ってきませんでした。野球を見るという習慣がなかったものですから、うちのテレビで野球試合の映像が流れていることに違和感を感じていました。

 

 

子どもも少しづつカープっ子に

幼稚園の参観日に、遊んでいる子どもたちを遠くから見ていると、服装自由な幼稚園なのに、赤白帽をかぶっている子が多いなー

あれ? Cマークがついてる

 

そう、男の子のほとんどがカープ帽子着用。

 普通の帽子だと思った子もカープのいろんな種類の帽子をかぶっていて、女の子も含めて7割くらいがカープの帽子なんです。

 

 なんか少しびっくりして、

隣にいた他県から来たばかりの夫婦も

「すごいねー、こんな事ってあるんだねー」と感心しきり。

当然、うちの息子も欲しがりましたよ、買いましたよ。

 

友達の影響でカープに興味がわく→テレビで観戦する→カープ帽子を身につける→自分もメンバーに入ってるような気になる→野球をやりたくなる→やってみて選手のすごさがわかる→憧れる→特に好きな選手ができる→カープが大好き

という感じて、わかりやすくはまっていきました。

 

あいさつにはカープネタが欠かせない?

 2015年は黒田選手が帰ってきて、新井選手も戻ってきて、マエケンもいて、優勝候補とも言われていました。

 

幼稚園の運動会

「カープの選手も毎日一生懸命がんばっていますね。」

 

小学校の運動会

「最後まで絶対にあきらめないカープの選手のように、みなさんも力を出し切って‥」

 

中学校の運動会

「マツダスタジアムでは今年は赤組が優勝しそうですが、白組も赤組もがんばってください」

 

町内会の運動会

「昨日は惜しくも巨人に負けてしまいましたね。ここから東京ドームまで力が届くように元気いっぱいがんばろう」

と運動会のあいさつには、カープを入れなきゃいけないのかなって思うくらい、必ず入ってくるんです。

 

私、よく知らなかったんですけど、野球って月曜日以外、ほぼ毎日やっているんですね。

そして、広島ではテレビ中継もよくあるので、テレビを通して毎日のように見ていると、選手がもう親戚の子みたいな感覚になってくるんです。

たまに全国ネットに出ていたりすると、出てるねー良かったねと思ったり、ミスすると胸が痛んだり。

 

1年間カープTシャツで通園した息子

 2016年は、楽しい1年でした。

うちみたいな、にわかファンでも、毎日楽しかった。

息子は5月頃からカープTシャツしか着なくなりました。

最初に丸選手のTシャツを買い、次に菊池、新井、鈴木と4枚をローテーションして、卒園までほぼ毎日カープのTシャツで通いました。

娘たちは、嵐のメンバーは言えないのに、試合のスタメンは予想できるくらいのカープ女子になりました。

家族の会話も増えたし、ひとつのものを一緒に応援して、気持ちが通いあうようでした。

 

 その年の秋に行われた息子の運動会、リレーは黒田の登場曲で入場して、最後はそれ行けカープで園庭を1周、優勝パレードでもしているように堂々と歩いて退場。

先生たちもユニフォームを着て盛り上がり、なぜかビールかけTシャツを着て来た保護者も。

初優勝した年の広島を書いた赤ヘル1975 (講談社文庫)ていう本があるけれど、2016の本もできそうなくらい、印象深い年だったのではないでしょうか。

 

カープのある生活は本当に楽しい。

 

長いシーズン戦ってきて疲れている選手たちに、

いつも子どもたちの憧れでいてくれて、

ありがとうと言いたいです。

 

野球パックでほぼ全試合、ヒーローインタビューまで見られます。